映画『牛久』出演者ルイスさんより怒りのメッセージ

 


映画『牛久』の出演者ルイスさんは、彼の告発を監督トマス・アッシュが「虚偽」と吹聴していることに、激しく怒っています。

自分の告発が、アッシュとその取り巻きにたいする自分の怒りが、ほんものであると証明するために、ルイスさんはアッシュに送信した彼のメッセージの公開を申し出ました。

ルイスさんの意向をくんで、彼のメッセージの日本語訳、英語原文、そして送信画面の写真を公開します。


ルイスさんの告発を掲載した織田朝日の記事は、4月12日に「日刊SPA!」ウェブ版に掲載されました。

 「私は映画『牛久』に騙された」外国人収容所での隠し撮り、出演者が怒るワケhttps://nikkan-spa.jp/1822641

これに対して、トマス・アッシュ、代理人弁護士の馬奈木厳太郎、映画配給会社代表の小林三四郎が、4月15日午後に記者会見を開き、記事は虚偽だと主張し、さらには法的措置をちらつかせながら記事の撤回を要求したそうです。

(ただ、アッシュや馬名木の主張は肝心なことをあいまいにし、記者に質問されてもはぐらかした答えしか返せず、さんざんだったという噂を聞いていますが。)


アッシュの嘘つき呼ばわりへの怒りの反論として、ルイスさんが提供したメッセージは、3月28日のもの。

つまり、上記の記事が公開される2週間も前のものです。

この告発に、ルイスさんがどれほど本気であるかが、この点からも伝わるかとおもいます。(あえて、ていねいな「です・ます」で訳していますが、それでも彼の怒りはじゅうぶん伝わるかと。)

 柏崎 正憲




送信されたメッセージの画面(ルイスさん提供)


ルイスさんがアッシュに送信したメッセージ(本年3月28日)


こんばんは。

映画について、わたしはいくつもの理由から、あなたと、あなたの仲間たち全員に対して不満です。〔あなたには〕すべての理由が分かるでしょう。というのも、これらの問題について、わたしは何度も指摘し、あなたが留意するよう呼びかけたかのですから。

さらに悪いことに、あなたのジャーナリストはわたしの件には取り組まないと、あなたに伝えられました。どうしてそのことを、すでに映画が世界中で上映されたあとになってから言うのですか。


牛久〔入管〕で会ったとき、あなたが最初に言ったことは「あなたを助ける」でした。つまり、わたしが声をあげ、世界に発信するのを助けるというのが、あなたの約束でした。

あなたの仲間の何人かは、わたしと同じようなことを訴えている人たちに会いに行ったことがあるとすら言っていました。


どうしてわたしに断りもなく映画の計画を変えてしまったのか、理解できません。

あなたはわたしを騙したのだと思っています。たぶん他の人もそうなのでしょう。あなたが映画を作ったのは、収容されている外国人の人権のために戦っているふりをするのを、政治家に見せつけるためでしかありませんでした。しかし、日本の当局のせいで生じた堕胎、結婚生活の崩壊、子の連れ去りについて指摘することは、タブーにしたのです。

〔ここで言及されているルイスさんの事情については、SYI ブログに掲載した彼の手記の翻訳を参照。 「私は入管と警察に家族を奪われた」ルイスさんの告発


この真実を世界は知らねばならないとあなたは言いましたが、そのとき自分自身ではそう確信していたのでしょうか?

映画は苦い真実を隠しています。だから日本の政治家はこの映画を支援できるのです。

この苦い真実を知れば、〔世界〕じゅうの多くの人々は、日本に対して行動をとるでしょう。ところがあなたは、かれら〔日本の入管〕が外国人を粗暴で野蛮なしかたで扱いつづけるのを助けることにしたのです。


どうして〔日本の〕政府に都合のよいことをするために、隠しカメラを〔わざわざ〕持ち込んだのですか?

人が隠しカメラで撮影をするのは、体制のもっとも非人間的な部分を暴き出すためです。ところが〔あなたは〕、そのような部分をコレクションに収めお蔵入りにしておいて、日本が難民問題について抱えている問題は他の国と同じであるかのように見せかけたのです


わたしは難民の話をするために映画への出演に同意したのではありません。わたしの事情における身の毛がよだつほど恐ろしい部分を世界に知らせるために、出演に同意したのです。

あなたとあなたの仲間たちに協力するという約束を、映画が公開されるまでわたしは守りつづけました。しかしあなたは約束を守りませんでした。

あなたたち全員に、わたしは怒っています。そして日本政府は、子供を殺し、人種間の結婚を破壊することによって、外国人に対する人種戦争を続けることでしょう。

幸運を祈ります。



メッセージ英語原文

Good evening.

I'm not happy with you and all your team about the film for so many reasons and I believe that know all these reasons because I have call your attention many times by pointed out these issues.

The worse part of it is that you have informed me that your journalist will not work on my case, why are you doing that when the movie is already screening all over the world.

Your first word when we meet in ushiku was I'll help you, that was your promise to help me to speak out, to carry my voice out to the world.

Some of your teammates even informed me that there are people like me with the same complain that are being visiting by your team.

I don't know why you change your movie plan without even telling me anything.

I think that you trick me maybe others people too, but you made a movie that shows the politician that pretending to fight for the human rights of foreigners being detained but make it a taboo to point out about abortion, breakup marriage abducted children's by the japanese authority.

When you said the world most know the truth, do you believe that yourself?

The movie is hiding the bitter truth and that why japanese politicians can support it.

The bitter truth will make many people around the to direct action against Japan but you have decided to help them continue their brutal and barbarian methods on foreigners.

Why you make hiding camera to be nice for the government?

People make hiding camera to expose the most inhumane part of the system but keep all these parts for your collection and make it look that Japan have the same problem like the rest of the world about refugee issues.

I didn't accept been in the movie because of refugee story, I accepted been in the movie because the horrible part of my story will be share to the world.

I keep my promise to accompany you and your team until the movie his release but you didn't keep your promise.

I'm not happy with all of you and Japanese government will continue their racial war against foreigners by killing their children's and breaking interracial marriage.

I wish you the best.



ルイスさんの告発を「虚偽」と称するアッシュについて支援者が知っていること


映画『牛久』の作者トマス・アッシュ、かれの代理人弁護士の馬奈木厳太郎、そして映画配給会社代表の小林三四郎が、本日、4月15日13時、馬奈木の属する東京合同法律事務所で、記者会見をするという。

4月12日に日刊SPA! ウェブ版に掲載された織田朝日の記事 「私は映画『牛久』に騙された」外国人収容所での隠し撮り、出演者が怒るワケhttps://nikkan-spa.jp/1822641)に反論するためだそうだ。

織田記事に載った、出演者の一人ルイスさんの告発は「虚偽」だと主張するつもりらしい。


しかし、ルイスさんはぜんぜん嘘なんか言っていない。

自分の経験と心境を率直に伝えているだけだ。

(なお筆者の柏崎は、このブログで別の出演者について証言してきたが、ルイスさんも2018年以来支援してきたので、かれの事情も少なからず知っている。)


ルイスさんの証言の信ぴょう性を補強するために、筆者が知っていることを急ぎ書いておこう。

アッシュは支援活動の費用を他人にどっぷり依存していた 

これは噂話でもなんでもなく、アッシュ自身が柏崎に堂々と語ったことである。

このことは、アッシュがいつも入管収容者にカネを配っていた、というルイスさんの証言と整合する


そしてついでにいえば、アッシュは他人からもらったカネを使って、入管収容者に恩を売り、自分の映画に出るよう仕向けていたのかもしれない。

今日、アッシュらを取材する記者さんは、以下のことも質問してみたらどうだろうか?




1 ルイスさんの証言


まず、ルイスさんの告発の内容を確認しておきたい。

かれは難民であること、入管に収容されたことだけではなく、日本の警察が事実無根の偏見にもとづいて元配偶者と離婚するように仕向けたことも、社会に伝えたかった。

そのことを映画で取り上げるとアッシュは口約束したので、かれは2020年末までに出演に同意した。

ところが今年1月に、映画の国内上映が発表されるに至っても、その約束は実現されなかった。それでルイスさんは我慢の限界に達し、アッシュに騙されたと判断したのである。


これだけでも、倫理的にはじゅうぶん問題のあることだと思うが、くわえて、別の興味深い証言もある。

アッシュは面会にくるたびに、収容者に「面会ボランティアたちはダメだ」「私はあなたを助けることができる」「あなたの声は世界に届く」などと言っていたという(織田記事1ページ)。

つまりアッシュは、他の支援者たちを貶めながら、自分は特別な利益をかれらに提供できると吹聴していたのだ。

支援者が多くの場合に無力であることは否定しないが、当事者を口車にのせて都合よく利用しようとするアッシュにはいわれたくない。


しかもルイスさんによれば、アッシュは「面会に来るたびに被収容者たちにお金を配ってい」たのだという。

ふつうボランティアによる差入れは、寄附金など他人のカネが財源なので、領収書などが残るようなしかたで物資などを入管収容者に提供する。

カネをそのまま渡すことはほとんどない。もしそうする場合は、自分のさいふを痛めてやるだろう(柏崎もそうだ)。

しかしアッシュは「面会に来るたびに」収容者にカネを配っていたというのだ。

これは今回、柏崎もはじめて知った。


自分の映画に出演させるため、収容者に恩を売るのが目的だったのだろう。

それでも自分のカネでやるなら、倫理的にはどうかと思うが、他人に文句をいわれる筋合いはないのかもしれない。

だが、アッシュが自分自身のカネを配っていたかどうかは、非常に疑わしい。

かれは支援活動のための金銭を他人にどっぷり依存していたからである。





2 アッシュが柏崎に話したこと


以下は、2020年5月25日、柏崎がアッシュ自身から直接に聞いたことだ。

この日は、ある人(このブログで書いてきた映画の出演者)が、牛久入管から仮放免される日だった。

かれを柏崎は手伝うつもりだったが、アッシュがかれのために車を出すというので、それに柏崎は同行。

というか、アッシュは大きい車(ハイエース)をレンタルしたものの運転に自信がないというので、柏崎が運転を代わった。


運転中、アッシュが助手席で話すには、車のレンタル費用は、某大学の某教員に頼ったという。

その教員は、かれのクレジットカードをアッシュの支援活動のために使わせてくれるそうだ(カードの使い方として問題だが、そこはいま問題ではないので措く)。


アッシュはまた車内で、教会からの支援活動費の提供額が減ったことを嘆いていた。

どういう手続からは知らないが、教会からも支援活動の名目でカネを提供されていたようだ。

アッシュが属する教会は、港区の聖オルバン教会(St. Alban's Anglican-Episcopal Church)。聖公会系だ。

ちなみにこの聖オルバン教会、アッシュが映画の出演者とトラブルを起こしていることを知っていながら、問題だと考えていないらしい。

このことを柏崎は、この教会の難民支援活動に携わっていた支援者の一人から聞いた。その人は、この教会の活動のしかたに疑問をもち、距離をとるようにしたという。


このときは、柏崎は「へーそうなの」くらいに聞いていた。

アッシュ自身が金持ちではないだろうから、どこかにかれの支援活動費の出どころがあるのは、当然、推測できることだ。

しかし今考えると、アッシュは支援の名目でカネを他人に援助されながら、それをどちらかといえば自分の映画撮影の費用として利用していたというべきではないだろうか。



3 ルイスさんは嘘をいっていないことと、アッシュが他人のカネを映画作りに使っていた疑惑


このように、アッシュは支援活動費を他人にどっぷり依存していた

これはアッシュがみずから柏崎に話したことであり、嘘だとシラを切ることはできない。

そしてルイスさんは、アッシュがいつも入管収容者に気前よくカネを配っていたと証言している。


つまり、ルイスさんの証言は、柏崎が知っている確たる事実と整合する

かれが嘘をいっていないという印象が、より強まるのではないか。


くわえて、柏崎が知る事実と、ルイスさんの証言とを総合すると、こういえるのではないか。

つまり、アッシュは他人からもらったカネを使って、入管収容者に恩を売り、自分の映画に出るよう仕向けていたのではないか? と。

もしそれが事実なら、なにからなにまで、とんでもない話である。

だれかこのことを、今日の記者会見でアッシュに質問してみては?



映画『牛久』配給会社の「経緯説明②」についてのコメント


ブログ「入管収容所のドキュメンタリー映画は何が問題か」

2月9日の配給会社「説明」は肝心なことを説明していません。


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映画『牛久』配給会社の「経緯説明②」についてのコメント

2022年2月12日 柏崎 正憲


映画配給会社うずまさが「映画『牛久』劇場公開への経緯説明②」と題した文書をウェブ上に公開しました。

文書には日付すらついていません(同社のツイッターでの公開日は2月9日となっていますが)。

しかも、なぜ新たに「経緯説明」を発表したのかすら説明されていません


まあ、このブログへの反論なのは分かり切っています。

でもそのわりには、いちばん肝心なことについては語っていませんし、反論として成立しているようには読めません。


くりかえしになりますが、わたし柏崎は、この映画にたいしては(昨年6月以降は)何も要求していません。

しかし映画監督アッシュや配給会社うずまさが、嘘や歪曲された話を吹聴することだけは、我慢できないのです。

ですので、上記の「説明②」にたいしても、それが引き起こすかもしれない歪曲や誤解をただすという目的のため、コメントを出します。

今回、わたしが指摘したいことは四つです。


1 トレーラー公開前の四か月は空白のまま

配給会社「説明②」は、2020年10月19日、アッシュが隠し撮り映像を友人に見せ、友人から同意書への署名をもらったと伝えています(ちなみに隠し撮り映像の断片を2020年中に友人が見せられていたことは柏崎も知っています)。

ところが、次の説明は、アッシュが友人に「メッセージ」を送り返事をもらったという2021年4月29日にまで、一気に飛びます(メッセージとはEメールかSNSのメッセージでしょう)。


ところが問題の核心にかかわるのは、この「説明②」が空白のままにしている期間です。

つまり2021年1月17日からトレーラー公開の5月11日までの約四か月のあいだに何があったかです。


わたしが知っているかぎりのことは、すでに書きました。

1月17日、友人は編集中の映像を見るため友人に会いましたが、そのときに友人はアッシュに、映像を弁護士や支援者に見せて相談してから隠し撮りの公開を決めたいと、要望を伝えました。

その後も友人は何度か、要求に対応してほしいとアッシュに催促しています。

しかしアッシュはそれを5月11日のトレーラー公開まで無視しつづけ、そのまま友人の隠し撮り映像を使用したのです(「1 出演者の意向を無視」を参照)。


このことにより、友人はもちろんのこと、わたし自身もまたアッシュに裏切られました。

つまりアッシュは、支援者に情報を提供されるなど便宜を受けておきながら、隠し撮りを使うという彼のアイデアは、支援者にたいして意図的に隠し続けていたのです(「2 支援者から事実を隠蔽 」を参照)。


このことについて配給会社「説明②」は何も説明していませんね。わたしにとっては予想どおりですが。


2 「同意」の意味のすりかえ

あくまで友人は、2020年10月、映画の出演に同意しただけです。

その第一段階の同意だけで、自分の映像がどう編集され、どんな形で公開されるのか、交渉する余地をまったく奪われるなんて、ふつう思わないでしょう。

あるいはもしかしたら、2020年10月にアッシュが友人からとった「同意書」には「映像をどう編集し公開するかはアッシュに全権委任する」とでも書いてあったのでしょうか?

もしそうだとしても、すでに書いたとおり、友人は「同意書」の写しをアッシュから受け取っていないので、確かめようがないのです(「1 出演者の意向を無視」を参照)。

まさかそこまで卑怯な「同意書」ではなかっただろうと思いたいですが……。


このことにかかわらず、2021年1月17日の友人の申し出は、当然の要求であり、無視されるべきではありませんでした。隠し撮りの公開については、弁護士や支援者と相談してから決めたいという要望のことです。

そもそも被写体である友人には肖像権があります。

それに、もし隠し撮りの公開のせいで入管から不利益を受けるとすれば、そのリスクはアッシュよりもはるかに友人にあります(「5 映画の手法にかんする見解」も参照)。


しかも、当時まだ映像は編集段階で、現にトレーラー公開は四か月も先だったのです。

だから、友人は無茶なタイミングで要望を出したわけではないし、アッシュには対応する時間がじゅうぶんにあったはず。


それなのに、どうしてアッシュはそれを無視したのか?

2020年10月の「同意書」さえあれば、あとで友人がアッシュの気にくわない要望をしたとしても無視できると考えていたのでしょうか。

アッシュがどう考えていたかは知りませんが、彼が現にとった行動は、映画出演へそれ自体への「同意」(2020年10月の「同意書」)を盾にとって、その後の友人の要望を無効なものとして扱った、としか言い表せません。

ひとことで言えば「同意」の意味のすりかえです。


しかもアッシュは2021年5月11日のトレーラー公開後、問題を知った柏崎から、当初は穏やかな要望、ついで厳しい追及を受けると、柏崎とも友人とも会話を避けるようになり、かわりにアッシュの仲間が友人を責めるようになります。

そのせいで多大なストレスを受け、耐えられなくなった友人は、5月24日および6月1日にウェブ上で、映画の出演に「同意」するがもうこの件で誰とも話したくないと、つまり映画を黙認するかわりに映画との関わりを断ちたいという意志を、表明したのです(記事「3A」「3B」を参照)。


以上の、昨年5月11日から同月末までに起きたことについても、配給会社「説明②」は何も説明していないですよね。

アッシュから何も聞いていないのか、知っていて何もいわないのか。前者ならあまりに無責任、後者ならあまりに卑怯です。


3 他人のコメントを都合よく編集する

2021年6月以降、アッシュが友人にSNSで連絡をよこすようになったことも、柏崎は知っています。

友人が黙認を表明したから、安心したのでしょう。


アッシュから連絡がくることについて、柏崎は友人に何も言いませんが(彼は一人のおとなですから)、でも友人からはいろいろなことを聞いています。

配給会社「説明②」の書き方はアンフェアなので、一つだけ、友人から聞いたことを書きますね。


ことし1月、友人は、アッシュから映画の上映について、SNSで連絡をもらったそうです。

友人の映画にたいする態度は2021年5月末の声明から変わっていないので、その旨、かれは返答したようですが、そのついでに友人はアッシュに重要なことを尋ねたそうです。

2020年10月の「同意書」の写しをまだ受け取っていないが、それはいつくれるのか? と。

しかしアッシュは、会って話そうとか何とか、はぐらかすような返答をするだけだったそうです。

友人はアッシュと会って話したくはなかったので、それは断ったとのこと。


ところで上記の配給会社「説明②」には、今年1月27日にアッシュが「プロフィールテキストをメッセージで」送ったところ、友人から「内容は大丈夫です」と返事があったと書いてあります。

それってきっと、わたしが友人から聞いた上記の話のことなのかな?

もしそうだとすれば、友人が「同意書の写しはどうなった」と尋ね返してきたことを、隠していますよね? 

相変わらず自分に不都合なことは書かないんだなあ、トマス・アッシュ監督も、配給会社うずまさも。


アッシュがこういうことをする人なのは、よーーーーくわかっています。

すでに書いたことですが、昨年5月13日、わたしがアッシュに事情を尋ねる電話をかけたあと、わたしに電話をかけ返すまえに、アッシュは友人に電話をして、会話を勝手に録音していたのでした。

さらに後日、その録音をアッシュは(脅しになると思ったのか)柏崎にEメールで送りつけてきたのです。しかも恐らく編集して、アッシュにとって都合のいい会話に聞こえるように(記事「3A」「3B」を参照)。


あれ、ドキュメンタリー映像作家って、真実を伝えたり、誰かさんがかっこよく言っているみたいに「聴きとりづらい声を聴く」ために作品を作っているんじゃないですっけ?

それなのに、勝手に他人との会話を録音して、自分の利益のためだけに編集する、なんていうことをしちゃうの?

そして、そんなトマス・アッシュ監督をかばう、一部のお仲間のドキュメンタリー映像作家たち。

かれらも同類なのかな? と、素人としては思ってしまいます。


4 配給会社太秦(うずまさ)は言葉に責任をもたない

配給会社にも一言だけ。

たしか最初の「経緯説明」(1月21日)では、こう書いていましたよね(前のURLが消えているから、わたしがDLしたものを貼ります)。


「映画制作時及びその過程において、出演者全員が映画出演に同意していることをあらためて確認をいたしました」

ここで話題にしているのは、最終的に友人が(映画との関わりを断つため映画そのものは黙認するという趣旨で)「同意する」とウェブで意志表明した件ではないですよね?

わざわざ「その過程において」と書いているのは、つまり、友人とアッシュのあいだで隠し撮りの公開について議論すら生じたことはなかったと、うずまさはそう信じていると、そうおっしゃりたいんですよね?

わたしの知るかぎり、それは嘘なのですが。


うずまさが上のように確信しているならば、今月9日の「経緯説明②」でも、アッシュからの説明を新たに書き足すのではなくて、自分たちが信じていることを、自分たちの言葉で、根拠を示しながら、きちんと説明すればよかったのではないでしょうか。

それができないのなら、1月21日の「出演者全員が映画出演に同意していることをあらためて確認をいたしました」という宣言は、中身のないハッタリだったのでしょう。


おわりに

映画監督アッシュも配給会社うずまさも、わたしの説明にたいして、まともな反論では返してくれません。

わたしには予想どおりでしたが。

どっちみち映画は上演するのでしょうけど、これ以上、嘘や事実の歪曲を吹聴することだけはやめてほしいものです。


映画を観にいく人にたいしても、わたしは何もいう気はありません。

ただし、この映画の制作過程において、このブログで説明してきたような問題があったことを卑怯なやりかたで否定したり偽ったりする人にたいしては、わたしは沈黙しません。

くわえて、こういう問題があったことを知りながら、あたかも問題がなかったかのように映画を公然と称賛する人にたいしても、わたしは黙りません。とくにそれが著名人であれば。

まあ著名人にとっては、わたしのような弱小の活動家が騒ごうがわめこうが、たいした問題ではないでしょうけど。

でもそういう人は、トマス・アッシュのような卑怯な手段をとる人と自分は同類なのだと、みずからの行動によって証明しているといえるでしょう。


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はじめに 入管収容所の某ドキュメンタリー映画は何が問題か

 

目次


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はじめに

2022年2月7日 柏崎 正憲


映画『牛久』の映像は出演者の意志を無視して公表された

『牛久』と題した入管収容所についてのドキュメンタリー映画が、もうすぐ上映開始だそうです。

この映画の作者トマス・アッシュは、映画ウェブサイトの「ステートメント」に載せた昨年6月9日付の声明(1頁2頁)に、こういうことを書いています。

出演者の一人を支援する者が「隠し撮り映像を同意なく公開した」と情報を流したせいで「大変困難な状況に置かれ」た、しかしそれは「誤った情報」だと。


このステートメントで出演者の支援者と名指されている者、少なくともその一人が、このブログの著者、柏崎正憲です。

わたし柏崎は、2009年末から日本入管収容に反対する活動をしています。

上記の出演者である友人(お名前は公表されていますが、このブログでは伏せます)のことは、2018年3月から現在まで、継続的に支援しています。

(わたし自身は「支援者」というより、当事者も自分も、共通の目標のために力をあわせる「協力者」だと考えていますが、とりあえず以下でも「支援者」と名乗ることにします。)


さて平たくいえば、わたしは映画『牛久』の作者アッシュに、上記の声明で嘘つき呼ばわりされているわけです。

しかし、映像作家アッシュが友人の意志を無視して映画を公表したことは事実だと、わたしはこのブログであらためて証言します。

友人が話してくれたことに、そして自分自身が経験したことにもとづいて、わたしは自分が知っているかぎりのことを、ここに説明します。

それによって、この件で事実を歪めているのは「支援者」ではなく映画の作者アッシュだと、じゅうぶんに証明されるはずです。


あらかじめ簡潔にいえば、こういう事情でした。

友人は、日本語による「同意書」なる文書(ただし内容不明)にサインをしたあとに、自分の「隠し撮り映像」の主要部分を映像作家アッシュに見せられました。

そのとき友人はアッシュに、映像を公表する判断をするまえに弁護士や支援者と相談したいと申し出ました。

しかしその四か月後、アッシュは友人の意向を無視したまま、かれの隠し撮り映像を含む映画『牛久』のトレーラーを公開しました。

それまでに、友人は何度もアッシュに同じ意向を表明していたのに。

このことを「同意があった」といえるのかどうか。わたしの記事を読んだうえで、読者は判断すればいいでしょう。


発表が遅れた理由

わたしが自分自身の名で証言を公表しようと決めたきっかけは、もちろんこの映画の一般上映が発表されたことです。

しかし問題が表に出たのは、映画のトレーラーが公開された昨年5月11日以降でした。

その時期に説明すればよかったではないか。そう言われるかもしれません。

もちろんそのつもりでした。

しかし友人が、身の回りの騒ぎが早く静まることを望んだのです。

それは、映像作家アッシュの取り巻きが友人を執ように責め、それに友人が耐えられなくなったせいです。つまり、これもアッシュのせいです。


当時、友人はまだ収容を解かれて1年だったし、治療中の病気もあります。そのため、騒ぎがよけいに精神にこたえたのです。

このことを友人は、昨年5月23日付の手紙(彼の支援活動ブログに公開)で「多くの人々から、私を侮辱する電話を受けました」と表現しています。

結果として友人は、自分の映像の撤回をもう求めないかわりに、この映画について作者アッシュとも他の誰とも話すことを拒否する、という決断をしました。

その意向をくんで、わたしもさしあたり、自分自身の名で事情を公表することは控えました。いつか別の機会に、みずから発言しようとは考えていましたが。


配給会社が嘘を吹聴

ところが先日、この映画が一般上映されると発表されました。

しかも作者アッシュのみならず、配給会社である株式会社太秦(うずまさ)が、この映画には何も問題がないことを同社も確認済である旨、声明を出したのです。

今年1月21日付の「映画『牛久』劇場公開への経緯説明」なる文章(リンクが切れているのでわたしがDLしたものを参照)には、こう書かれています。

「映画制作時及びその過程において、出演者全員が映画出演に同意していることをあらためて確認をいたしました。」

しかし配給会社うずまさは、アッシュの言い分をうのみにしているか、同意ということばの意味を歪めているか、どちらかでしかありません。


念のため補足すると、同声明でうずまさは「入管問題に取り組んでいる団体・個人にご挨拶に伺い、監督はじめ、皆さまと話し合いを重ね」たうえで上映を決めたと書いていますが、これも事実ではありません。

少なくとも一出演者である友人や、その支援者であるわたしには、配給会社のうずまさから挨拶や話し合いの申し出はありませんでした。


映画それ自体がどうなるかは、わたしの知ったことではありません(友人がアッシュや映画との関わりを断ちたいと意志表示したので)。

しかし、このような嘘を吹聴されて、もはや黙ってはいられないのです。

いまや入管問題に取り組んできた一部の人たちも、映画を「賛否両論ありますが」などといいながら積極宣伝し、または宣伝に協力する始末。

映画を宣伝すること自体はともかくとしても、作者アッシュや配給会社うずまさの嘘がそのまま垂れ流されるのを、平然と見ていることはできません。

        

いまこそ、わたしが自分の名で、自分自身で見聞きしたことにもとづいて、事情を説明し、悪意ある嘘にたいして事実を提示しなければなりません。

なお友人にも、私がそうすることは承知してもらっています。


証言の目的

わたしが証言を公表する目的を、あらかじめ示しておきます。

念のためふたたび断っておくと、映画『牛久』の上映停止や一部映像の削除を求めるためではありません。

当初は友人の映像の削除をアッシュに求めていましたが、本人がそれを要求しないと表明してからは、わたしも映画についての要求はやめています。


他の映画出演者の意向に口を挟むつもりもありません。

ちなみに他の出演者の一人はわたしの別の友人ですが、かれが出演に同意していることは承知しており、本件についてお互いに相手の意向には介入せず、交流も支援も続けています。


隠し撮りという手法自体が主な問題だと、わたしが主張したこともありません。

わたしはアッシュの映画の手法に批判的ですが、それだけを理由に映画を公表すべきでないとは主張したことはありません。

あくまで、友人の意志を無視して映像を公開したことを問題にしているのです。


わたしの目的は、二つあります。

第一に、映画『牛久』の制作・発表の過程において友人が受けた侮辱について、作者アッシュや配給会社うずまさが、どう事実を歪めているのかを明らかにするためです。

とはいえ、アッシュやその仲間たちが非を認めることはないでしょうし、そのことは目標にしていません。

しかし映画を擁護しようと最初から決めている人間以外には、何が問題なのかはじゅうぶん分ってもらえると考えます。


第二の目的は、今後トマス・アッシュの映像の題材にされる人にたいして、気をつけたほうがいいと警告するためです。

アッシュは被写体の意志を軽んじ、その尊厳をふみにじる人間です。すくなくとも友人にたいしては、そのようにアッシュはふるまいました。


なお本ブログの全記事の文責は、筆者の柏崎のみにあります。

内容にかんする問合せなどがあれば、柏崎にご連絡を。


柏崎 正憲 080 8844 7318


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1 出演者の意向を無視

 

目次


1 出演者の意向を無視

2022年2月7日 柏崎 正憲


映画『牛久』の作者アッシュは、出演者の一人であるわたしの友人の意向を無視して、彼の収容中の隠し撮り映像を自分の映画に使用しました。

このことを明らかにするために、映画のトレーラー公開(昨年5月11日)までに何が起きたかを、わたしが知るかぎりで提示します。


「同意書」の署名まで

  • 2018年7月 東京入国管理局に収容中の友人が、東日本入国管理センター(牛久入管)に移される。
  • 2020年5月25日 友人が牛久入管から仮放免される。なおそれまでには友人は、アッシュが面会中に隠し撮りをしていたことを知らされていなかった。
  • 2020年末までに、友人はアッシュが撮った映像の一部を見せられ、映画出演の同意書に署名をした。しかし、①同意書は日本語だけで書かれていた(友人は読み書きはひらがな程度しかできない)。②同意書の写しをアッシュは友人に渡さなかった。その後に友人は、写しを渡すようアッシュに求めたが、いまだに受け取っていない。


友人がもともと出演に同意していたというアッシュの主張は、この「同意書」なる文書への署名のことを指していると考えられます。

このとき友人が、アッシュの映画に出演すること自体に同意していたのは事実でしょう。

しかし、この「同意書」に署名することによって、何にどこまで同意したことになるかを、よく知らされたわけではありません。

しかも「同意書」の写しを、アッシュはこのとき友人に渡さなかったし、いまだに渡していないのです。

だから、それが本当に「同意書」といえるものなのか、友人もわたしも知りません

これを「同意」あるいは「契約」と呼べるでしょうか?


出演者の要望を無視してトレーラーを公開

友人はその後、隠し撮り映像の公開について懸念を表明し、あることをアッシュに頼みます。まだトレーラー公開の4か月も前のことです

  • 2021年1月17日 アッシュは東京都内、有楽町駅付近の某所で、友人ともう一人の出演者に、隠し撮り映像を含む編集中の映像を見せた。
    • 映像を見たあとに友人は、自分の隠し撮り映像を使うまえに代理人弁護士や、柏崎など支援者にも見てもらって、問題ないかどうか相談したい旨、アッシュに要望を伝えた。
  • 2021年5月11日までに、友人は機会があるたびに、1月17日の要望について対応してくれるのかアッシュに尋ねていた。しかしアッシュは、そのうちに場を設けるなどといって、はっきりした回答ははぐらかしたという。
  • 2021年5月11日、アッシュが映画のトレーラーをYoutubeに公開。友人の隠し撮り動画もこれに含まれていた。このとき、はじめて柏崎はアッシュの隠し撮り映像のことを知った。


1月17日、友人がアッシュに伝えた要望は、十分にはっきりした内容のものです。

しかも、友人は同じ要望を4か月のあいだに何度も伝えました。


なぜアッシュは友人の要望を4か月にわたり無視したのでしょうか?

前年のうちに「同意書」に署名させたから、あとは出演者の意向などどうでもいいと、アッシュは考えたのでしょうか?

アッシュがそう考えていたに違いないことは、かれの行動がはっきりと示しています。


でっちあげの「同意」

このような経緯を友人がわたしに打ち明けたのは、アッシュがトレーラーを公開した昨年5月11日以降の、何度かの会話においてです。

こんなことになる前にもっと早く、柏崎などの支援者に相談しておけばよかったと、その点については友人は自分にも責任を感じています。


しかし、友人が悪いのでしょうか?

わたしはそうは思いません。

遅くとも昨年1月17日に、そしてその後も機会があるたびに、友人は明確に意志表示をしました。隠し撮りを公表するかどうかは支援者と相談して決めたいと。

この要望にアッシュが対応するまで、友人はアッシュを信じて待っていただけなのです。

その信頼に泥を塗ったのが、アッシュのおこないだというべきでしょう。


それに、友人の話を聞いたうえでの感想ですが、わたしは次のようにも疑っています。

アッシュは友人を「支援した」ということを恩に着せ、隠し撮りを映画に使うことにはっきりとは反対しにくい状況を意図的に作ったのではないかと。

そういう意図があったかどうかはおくとしても、事実の経過を見れば、アッシュのいう「同意」とは、でっちあげ fabrication だと結論づけるしかありません。


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2 支援者から事実を隠蔽

 

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2 支援者から事実を隠蔽

2022年2月7日 柏崎 正憲


なぜアッシュは友人の要望を4か月にわたり無視したか

アッシュが友人にサインさせた映画出演の「同意書」なる文書は、日本語のみで記載されたもので、しかも友人は写しを受け取りませんでした。

自分の隠し撮り映像を公開するかどうか一人で判断するのをためらった友人は、昨年1月17日、映像を代理人弁護士や柏崎にも見せて相談したいと要望しました。

しかしそれをアッシュに4か月にわたり無視し、そのまま昨年5月11日にトレーラーを公開したのです。


なぜアッシュは友人の要望を無視したのか?

わたしや他の支援者にたいして、隠し撮り映像のことを秘密にしておきたかったから、としか考えられません。

それ以外にどんな理由があるでしょうか。

現に、わたし柏崎も、それに代理人弁護士も、隠し撮り映像の存在や、このことにかんする友人とアッシュのやりとりについて、トレーラー公開以前にはまったく知りませんでした。

(ただし一部の、アッシュの取り巻きと化した信用のおけない「支援者」は、すでに知っていたようですが。)


当事者の信頼も支援者の信頼も裏切ったアッシュ

もともとわたしは、当事者が信用しているかぎり、メディアや映像作家による取材はたいてい快く受け入れてきました。

(ただし今回の件で、今後メディアや映像作家、とくに後者にはもっと注意したほうがいいと思うようになりましたが。)

アッシュについても、彼が映画のトレーラーを公開するまでは信用しました。

トレーラー公開の前日である昨年5月10日、友人とともにわたしの姿が彼の映画に映ってよいかとアッシュにEメールで尋ねられたときも、もちろんまったく問題ないと伝えていました。


しかしそれまでの4か月間、アッシュはわたしにたいして、隠し撮り映像のことをずっと秘密にしていたのです。

つまり、友人がそれを柏崎にも見せて、公開の是非を相談したいとアッシュに願い出た、昨年1月17日からその日まで。

ウルサイ支援者に隠し撮りのことがばれたら、そんなもの公開するなといわれると思ったのでしょう。

理由はなんであれ、隠し撮りを映画に使う件をわたしや他の支援者に知られまいとしたことは間違いありません。


だとすればアッシュは、友人の信頼を裏切っただけでなく、わたしが与えていた信用をも裏切ったのです。

わたし自身も、トマス・アッシュという卑怯者に裏切られた当事者です。

このこともまた、わたしがこの件について自分の名で事実を明らかにする資格と責任があると考える理由の一つです。


なお念のため、他の支援者に隠し撮りを見せて相談したいという友人の要望について、アッシュは昨年6月9日付声明では、いっさい言及していません。

この話があったこと自体について、しらを切ろうとしているのでしょう。


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3A 都合が悪くなると連絡を絶って卑怯な手段をとる(1)

 

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3A 都合が悪くなると連絡を絶って卑怯な手段をとる(1)

2022年2月7日 柏崎 正憲


柏崎とアッシュの当初のやりとり

映画のトレーラーが公開された昨年5月11日のうちに、面会中の隠し撮り映像を使ったドキュメンタリー映画の是非について、支援者のあいだで議論が起きました。

(たいていは反対か慎重意見で、当初に公然と積極擁護した支援者は、わたしの知るかぎりいませんでした。)

あるメーリンググループで、トレーラー公開直後にさっそく議論になり、そのグループにアッシュも加入していたので、支援者から好意的反応がないことはアッシュもすぐに知ったはずです。

というより、かれはそういう反応をすでに予想していたから、支援者にあらかじめ隠し撮り映像を見せたいという友人の要望を無視したのでしょうけど。


しかしわたしは、当初から無条件に映画に反発したわけではありません。

(隠し撮りの手法自体についてのわたしの見解は、記事5で述べます。)

映画の出演者のうち二人は自分が継続的に支援している方だったので、態度を決めるまえに、その方々の意向を確かめてみなければならないと思い、電話でようすを聞いてみることにしました。

このブログで「友人」と呼んできた方のほうは、最初の電話では、映画の出演には同意したけれど、隠し撮りを公開することはやはり不安だといっていました。

(念のため、この「同意」とは、記事1で書いた内容不明の「同意書」に署名したことです。)


この話をうけて、わたしはすぐにアッシュに電話をかけました。

友人は隠し撮り公開については不安をもっているから、かれが同意書にサインしたとはいえ、隠し撮りの部分だけでも今からカットできないだろうかと相談するためです。

まだトレーラーの段階なのだから、難しいこととはいえ不可能ではないだろうと考えたのです。

わたしは穏やかに要望を伝えました。しかしアッシュは、きちんと同意はとったし、いまさら友人が出演を撤回するはずがない、と話をうけつけませんでした。

だからといって、わたしはこの時点でアッシュを強くとがめてはいません。

ここまでが、トレーラー公開直後、すなわち昨年5月11日の正午前後のことです。


柏崎の追及を避けるため友人を操ろうと試みたアッシュ

しかしその後、友人と何度か話すうちに、かれからきちんと同意をとったというアッシュの主張そのものが疑わしいと、わたしは気づきました。

記事2で説明したように、隠し撮り映像を支援者に見せたいと友人がアッシュに要望していたことを知ったからです。

このとき、わたしはアッシュが自分の目的のために事実を歪曲する、ずるくて危険な人物なのだと察知しました。


それでも、アッシュから話を聞くまえに判断をくだすのはフェアではないと考え、わたしは彼の話もきくことにしました。

トレーラー公開から二日後の5月13日、わたしはふたたびアッシュに電話をかけました。

二度ほどかけ、応答はありませんでしたが、しばらく後にかれがかけ返してきました。それが19時頃です。

しかしアッシュは「友人から許可はもらっている、友人に尋ねてくれ」などと、事情の説明もなしに主張をくり返すだけでした。

しまいには、仕事で忙しいからと電話を切ろうとする始末。

なのでわたしは、友人からの上記の要望について24時間以内に説明を求めるとアッシュに伝え、電話を切りました。


そのすぐ後、友人と電話で話したところ、さらにひどい事実が分かります。

わたしがアッシュに電話をかけたあと、アッシュがかけ返してくる19時ごろまでの一時間ほどのあいだに、アッシュは先に友人に電話していたのです。

「映画の出演に同意したと柏崎に言え」と、そうアッシュは友人に迫ったのでした。

こうしてわたしは、アッシュはずるくて危険な人物であるとじゅうぶんに確信したのです。

アッシュはひんぱんに教会に通っているようですが(なお支援活動の資金も教会にかなり頼っていることをかつて自分でしゃべっていました)、神には信心深くふるまっているとしても、他人にたいしては、自分に都合が悪ければ平気で嘘をつき、騙し、自分の映画のために搾取するのです。

アッシュのふるまいはすべて利己心と虚栄心のための見せかけだったのだと気づき、わたしは怒りが抑えられませんでした(もっとも、宗教者でも筋の通らないことをする人は少なからずいますが)。


それゆえに友人には、アッシュの電話に応じるのは危険だから対応しないほうがいいと助言しました。

同時にアッシュには、次のようなショートメッセージを送りました。

「(友人)さんには、トマスさんからの電話にはしばらく答えない方が安全だ、と伝えました。理由はあなたがよく知っていますね?」

「あなたは、私の敵だと思っています。敵ではないということを証明してください。連絡を待っています。」

「くれぐれも、わたしを無視しようとは、考えないでください。それはあなたにとって不利益です。」


本題を避けながら的外れな弁明を続けるアッシュ

わたしが指定した期限である昨年5月14日19時までに、アッシュはわたしに回答しませんでした。

わたしはその後も何度かショートメッセージを送りましたが、アッシュはすべて無視しました。

なのでわたしは14日19時すぎ、アッシュの留守番電話に、かれが友人とわたしを最悪のかたちで裏切ったと分かったのでもう許さないと、メッセージを残しました。


その翌日、5月15日午前、アッシュはわたしにEメールで、英語のメッセージを送ってきました。それまで電話への応答はずっと避けておきながら。

友人がわたしに隠し撮りを見せたいと要望した件については、やはり説明がありません

自分の映画が入管との戦いのためにどれだけ意義があるかといったことを、白々しく述べ立てるだけでした。まったく的外れな弁明です。


わたしはもはやアッシュに英語で返答してやる気すら起きなかったので、翌16日午前に日本語で、もはやわたしはアッシュが裏切者だという認識を変えることがない旨、返答しました。

あわせて、友人の隠し撮り映像を映画から削除することを、あらためて要求しました。それを拒むなら、わたしはいつでも自分が知っているアッシュのおこないを暴露する準備ができているとも伝えました。

これが、わたしがアッシュにたいして個人的に伝えた最後のメッセージです


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